拝啓、20年前の私

lifestyle

何気ない日常の中にある大切なきっかけを切り取った、フリーライターみほこさんのライフエッセー。頑張ってるのにうまくいかないとき、退屈な毎日に嫌気がさしたとき、やる気が起きないとき…そっとあなたの心を包んでくれる言葉がここにあります。

my story, your story

第1話「型にはまりたくなかったフリーランスが、お茶の“かたち”に魅入られた話」
第2話「自分を大切にできる方法をお茶室で発見した話」
第3話「転勤族歴38年。初めて本当に住みたい家に巡り合った話」


銀座に来るのは、久しぶりだった。

夕方の銀座は、お店や街灯の灯りがきらきらして、行き交う人の表情も皆、何となく緩んでいて、知らずやさしい気持ちになる。
待ち合わせまで時間があったので、鳩居堂に寄り道して便箋を選んだりしながら、すずらん通りをゆっくり歩く。

お金はないけれど時間だけはたくさんあった大学生のころ、帰り道の電車を途中で降りて、有楽町から銀座1丁目まで、あてもなくふらふらと歩くのが好きだった。
はたちそこそこの女の子が買えるものは木村屋のあんぱんくらいしかないので、桜の塩漬けをのせたあんぱんをかじって歩いた。
渋谷や新宿よりも人の流れが穏やかで、よそ見をしたり躓いたりしながら人よりゆっくりしか進めない私でも、そこにいることを許されている気がした。

あのころ思い描いていた「20年後の私」は、強くて、かっこよくて、悩みなんかなくて、ハイヒールをかつかつ鳴らして銀座の街を闊歩し、夢を全部叶えてきらきら輝いているはずだった。

一方、現実の、20年後の私。
相変わらず人よりゆっくりしか進めなくて、心配事が尽きることもなく、ハイヒールは足が痛いからぺたんこの靴ばかり履いていて、
子どもが生まれたらやたらと涙もろくなったし、何よりお肌は間違いなく今よりも、あのころの方が輝いていた!

「でも、20年前に戻りたいかっていったら、絶対戻りたくないよね」
5年ぶりに再会した大学時代の友達と、銀座の片隅にある隠れ家みたいなワインバーで乾杯したら、2人とも同じことを考えていて、顔を見合わせて笑ってしまった。

夢と理想で頭をいっぱいにして、どこへでも行ける、何にでもなれるとまっすぐに信じていた、怖いもの知らずの私たち。

あれから2人とも就職して、結婚して、男の子を2人ずつ産んだ。
彼女は最初の会社で働き続けて管理職になり、私は会社を辞めてフリーライターになったという違いはあるけれど、
母の勲章、伸びたまま戻らなくなったお腹の皮や、無限に続くミニ怪獣たちとの戦い、仕事と育児の両立に明け暮れる日々の悩みは同じ。

仕事の予定。子どもの病気。夫とのスケジュール調整。
このカウンターで過ごす数時間のために、いくつも重なった条件をクリアしてここに座っていることも、無言のうちにお互い了解している。

退屈な語学の授業を、出席の返事だけして教室の掃き出し窓から抜け出し、アンナミラーズのケーキをテイクアウトして、
大学のキャンパスにあった陸上競技場の芝生で何時間もお喋りしたあのころのように、1日の時間をすべて自分の好きなように使えるわけじゃない。

「物理的には“ままならない”ことが増えているのにさ、心の中が、こうふわっと広くなっていて、20年前よりもうんと自由に感じるのは、どうしてなんだろうね」

小さい男の子たちとの生活は、毎日が予測不可能。
裸足で家の中を歩くと、必ず足の裏にごはん粒がくっついてくる。
食卓に出したおみそ汁は、だいたい半分くらいの確率でひっくり返される。
子どもが熱を出したり、あちこち傷を作ったりして、学校や保育園から電話がかかってくることも日常茶飯事。
兄弟でケンカをしてわんわん泣いていたと思ったら、次の瞬間には仲良く遊んで大笑いしている。

「うちだけかと思ったら、みんな同じなんだね」と言い合って、お酒が進む。

そんなエキサイティング?な毎日をサバイブするコツは、
「とにかく私たちが全力で楽しむことだよね!」
と、友達と意見が一致。

子どもたちが一番幸せそうな顔をするのは、ぴかぴかに掃除された部屋に帰ってきたときでも、栄養バランスの取れた手作りご飯を食卓に並べたときでもない。
大好きなお母さんが心から笑っているとき、彼らは私の気持ちを鏡に映すように、本当にまぶしい笑顔を見せてくれる。

「部屋なんか散らかっていても死なないし、スーパーのお惣菜をお気に入りのお弁当箱に詰め替えるだけでも、子どもは目を輝かせて喜ぶもんね」

「そうそう。“子どものために”って何かをがまんして、イライラするくらいなら、私たちがゴキゲンでいられること、楽しむことを最優先した方がいいね。誰に何と言われても」

「たとえばときどきはこうやって、夫に子どもを任せてお酒を飲んだりね」

乾杯。

もちろん、人生にはいろいろな時期があって、心から笑うことが難しいときもある。

私自身がそうだったように、たぶん、友達にもあったはず。
たとえば産後の弱った体で、泣き止まない子どもを抱いて、孤独に涙した夜。
鏡を見る暇もないような無我夢中の暮らしの中、仕事も育児も中途半端な自分が歯がゆくて、涙も出なかった帰りみち。

「だけどとにかく、元気で生きてさえいれば、また笑える日がくる」

「本当にそう。子どもはしょっちゅう病気をもらってきて、その度に仕事をやりくりしなきゃならないけど、時間が経てばちゃんと回復する。Come and Go だよね」

大変な時は訪れ、やがて去っていく。
夜が明けて、朝が来るみたいに。
季節がめぐるように。
そしてひとつ試練を乗り越えるたび、子どもはひと回り大きくなる。

「実は、異動が決まったんだ。夫と話し合ったんだけど、来月から、私が子どもたちを連れて単身赴任することになったの」

ワイングラスを傾けながら、友達が言った。
友達も、友達のご主人も、全国転勤のある仕事をしている。
彼女に異動の内示が出て、子どもたちがどこで暮らすのがいいか何度も話し合った結果、彼女が小学校と保育園に通う2人の子どもを連れて、引っ越しをすることになったのだという。

1人で小さい子どもたちの世話をしながら、フルタイムの仕事を続けることは、もちろん簡単じゃない。
「大変だね」とか「大丈夫?」とか、月並みな言葉をかけることもできたけれど、
学生時代から決めたことは最後まで貫き通す性格だった彼女が、すべて突き抜けた後のすっきりした横顔をしていたから、私も余計な言葉をお酒と一緒に飲み干して、頷いた。

「あなたは、どこへ行っても味方を見つけられる人だから、きっと大丈夫」

「うん」

彼女は笑った。

「子連れの引っ越し、たしかに荷造りとか手続きが面倒だけど、プラスのこともたくさんあると思うんだよね。
だって、あちこちにHOMEがあって、行く先々に家族みたいな人たちがいて、帰る場所がたくさんあるって、子どもにとってもすごく幸せなことでしょう?」

「ああ。本当にそうだね」

わが家も夫が転勤族で引っ越しが多いのだけれど、そのことで子どもたちに対して感じていた負い目のようなものが、彼女の言葉で、霧が晴れるようにすーっと消えていくのを感じた。

職業や住むところはある程度選べても、どうしても選ぶことのできない偶然の出来事が、人生には必ずある。
でも、その出来事に、どの角度から光を当てるかということについて、私たちはいつも無数の選択肢を持っている。

私はこの人生で、あといくつ「HOME」を増やせるかな。

会話が尽きない私たちに、「お姉さんたち、2人とも顔色ひとつ変えないで、強いのね」とお店のマダムが言って、サービスのワインをついでくれた。

「すみません。長居しちゃって」

「いいのよ。ごめんね、ちょっとお話聞こえちゃったんだけど、こんな時間を過ごせるように気持ちよく送り出してくれる旦那さんたち、本当に素敵ね」

また顔を見合わせて、私たちは笑った。

20年前の私が今の自分を見たら、何て言うかな。
懲りないねって笑うかもしれない。

――そっちはどうよ? 大人になるって楽しい?

うーん、そうだなあ。
楽しいこともいっぱいあるし、大変なこともある。
でもね、生きるのはうんと楽になるよ。
道草しても、立ち止まっても、10年経ったら全部笑い話。
だから安心して、ゆっくりおいで。
大人になって歩く銀座も、案外悪くないから。

文/髙橋実帆子

心機一転のきっかけ

 

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髙橋 実帆子

1980年生まれ。フリーランスライター/エディター。 共同通信社記者を経て、2012年からフリーランスに。 7歳と3歳、元気すぎる2人の男の子の母。 おいし...

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