自分を大切にできる方法をお茶室で発見した話

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my story, your story

第1話「型にはまりたくなかったフリーランスが、お茶の“かたち”に魅入られた話」
第2話「自分を大切にできる方法をお茶室で発見した話」


 

10ヶ月前、ひょんなことから「お茶」を習うことになった私
週末になると母から譲り受けた着物に着替え、いそいそと教室通いを続けている。

 

新しいもの好きで、ひとつところにじっとしているのが苦手な私が、たった一杯のお茶を淹れて飲むために、狭いお茶室で毎週1時間も正座していると聞いたら、20代の私は目をむいて「ウソでしょ」と言うだろう。
当時の私は、茶道が「古くて」「地味で」「同じことの繰り返し」だと思っていたから。

 

でも、違った。

想像していた以上に、茶道はドラマティックな世界だった。

 

 

自慢にもならないが、私はもの覚えが悪い。
ひとつのことを習得するのに、人の倍は時間がかかる。

だからお茶を始めたときも、こっそり『はじめての茶の湯』という写真入りの本を買って、習ったお点前を家で練習してみたりした。

―実際に私が購入した入門書。

 

前回教わったことを復習して、先生に褒められるつもりで、ほくほくしながら教室へ行く。
先生はいつものように、にこにこ笑って「さ、どうぞ。お入りください」と教え子たちをお茶室へいざなう。

「本で勉強したもんね♪」と思いながら、水差しを持ってお茶室に入った私は、亭主(お茶を立てる人)が座る場所の前に立って、愕然とする。

そこには、見たことのない、小さい棚のようなものが置いてある。

―裏千家で使う道具「更好棚(コウコダナ)」の写真。ちなみに、私が通っているのは表千家の教室なので、厳密に言うと「更好棚(コウコダナ)」を使うのは裏千家で。

 

「えっ…あのう、先生、これは何ですか?」

「それはコウコウダナよ。お道具を置く場所や、手順が少し変わりますからね」

「は、はあ…」

 

そこで既に、私の頭は真っ白。覚えてきた手順は全部頭から吹き飛んで、「そこで建水が上がる」「ちがうちがう。そこは左手よ」と先生に言われるまま、操り人形のように手を動かすことになる。毎回この調子で、一度として同じお点前というものがない。

 

棚が変わり、道具が変わり、季節が変われば炉の位置まで変わり、時にはお盆の上でお茶を立てることすらあり、季節が一回りしようとしているのに、私はいっこうに操り人形を卒業することができない。

 

 

「先生、毎回お道具が変わるので、全然お点前を覚えられません!」と泣きごとを言う私を、先生はただにこにこしながら見ている。

「それでいいんですよ。お着物は、自分ひとりで着られるようになったら終わりだったでしょう? でもね、お茶の修行は一生続くの。終わりというものがないんですよ」

「ええっ? そ、そうなんですか? 先生も修行中ということですか?」

「そうよ、もちろん」

 

そうか、お茶のお稽古には終わりがないんだ…

 

そのことが腑に落ちてからは、手順を覚えられないことへの焦りが消えて、代わりに、「今日はどんな新しいことが起こるんだろう」というときめきを覚えるようになった。ひとつひとつの道具に名前があり、意味があり、(ちっとも覚えられないが)その由来を先生が教えてくださるのも愉しい。

よく見ると、お茶室の床の間には小さな花と掛け軸が控えめに飾られていて、花とお軸も、毎回、必ず変わるのだ。

 

 

 

お茶室にいるあいだ、私は長い茶道の歴史の中で洗練されてきたかたち(私の手つきはまったく洗練されていないけれど)の中に、ひたすら没頭することになる。

不器用なりに集中していると、一瞬、「じぶん」という意識をはなれ、「髙橋さんの奥さん」でも「〇〇くんのママ」でも、働く「髙橋実帆子さん」でもない、ただの「お茶を立てる人」「いただく人」になっている瞬間があって、それがとても心地いい。

お茶室に集まる女性たちは、職業も年齢もばらばらだけれど、一服のお茶を一緒にいただいて、花やお軸、お道具や着物の話をとりとめもなく交わす時間が、日常を離れて深呼吸するための、大切な句読点になっているように思うのだ。

 

 

「ありがとうございました」と教室を出てから自宅までの道中では、いつもの風景が、ふだんよりほんの少し、粒子が細かくなっているように感じられる。

不器用でもいい。人より遅くても、できないことがたくさんあっても、「今、このとき」を、子どものようにただ楽しむ――

お茶室で過ごす時間はいつも、周りの音に惑わされず、自分のリズムを守ることの大切さを思い出させてくれる。

次のお茶の日まで、慌ただしい日々の中でも、静かに凪いだ心の状態を保つことができるように。

 

「ただいま」目を閉じて、深呼吸をひとつしてから、子どもたちが待つわが家の扉を開ける。

 

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髙橋 実帆子

1980年生まれ。フリーランスライター/エディター。 共同通信社記者を経て、2012年からフリーランスに。 7歳と3歳、元気すぎる2人の男の子の母。 おいし...

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