地方ではまだ、「フリーランス」という働き方が浸透していないのが実情。働く側も、企業側も、「それって都会のハナシでしょ」と本気で思っていたりします……。そんななか、地方に移住して5年、フリーランスで働きながら3人の育児をするわたしの体験談と想いをご紹介。どなたかに何かしらのヒントがあれば幸いです……!

移住当時は仕事を諦めたわたし

東京に10年間住んでいたわたしが群馬県に移住してきたのは5年前。

地元・鹿児島県から大学進学とともに上京し、卒業後も都内で仕事をしていました。

 

群馬特有の冬の空っ風が吹き荒れるなか、1歳半の長女を連れて引っ越してきたときは、「とんでもないところに来てしまった……」と感じたものでした。

完全に車社会の群馬で、ペーパードライバーだったわたしは車の運転すらできず、自転車に子どもを乗せて近場をウロウロするのがやっと。

 

さらに、それまで都内で生業にしていた書籍編集の仕事はもう諦めなければならないんだろうな、と仕事すらも奪われた感覚でした。

まさに、毎日が戦争です……(本人提供写真)

そんなわたしが5年後の今、子どもがふたり増えて3児の母になり、フリーランスの編集者・ライターとして仕事をしています。

正直、楽ではありません。常にギリギリ……いや、アウトかもしれません(笑)。

子どもたちは保育園と小学校に行っていますが、熱を出してうつし合うこともしょっちゅう。夫は日曜しか休みがなく、近くに気軽に頼れる身内もいません。

 

どうにかこうにか家事・育児・仕事をこなせているのは、場所や時間が自らに委ねられている「フリーランスだから」というのが大きいです。でも……

 

地方の女性の有業率は意外と高かった!しかし…

地方では(少なくともわたしが住む地域では)、フリーランスとして働いているママはほとんど見かけません。正直、孤独です……。

ママたちの職場は、融通のききやすい小売店や工場などのルーティンワークだったり、会社の事務関係だったりがほとんど。

 

そして、多くのママが「自分の親が近くにいる」のが当たり前なので、保育園の送り迎えはおばあちゃん、子どもが熱を出したらおばあちゃん、夕飯はおばあちゃん、おばあちゃん、、おばあちゃん、おばあちゃん、、、と祖父母の出番はすごく多いように感じます(うらやましい…!!)。

 

もちろん、人の助けを借りることも大切だし、使えるサービスはなんだって使います!わたしもその一人。

ただし、「親の助けを借りてなんとか仕事を続けられる状態」が当たり前になっているとしたら、親に何かあったとき、その仕事・その働き方は続けられるでしょうか……?

 

そんなママたちからよく言われるのが「家で仕事ができていいね~」とか「自分で仕事が決められるなんてうらやましい」。そして続く言葉が「でもわたしには無理」とか、「経験と技術がある人は違うよね~」とか、「都内で仕事してたからでしょ」。

 

実際は経験も能力もあるのに、仕事選びの基準は安定的かつ融通がきくこと。急な休みにも対応できるルーティンワークで妥協しているママもたくさん知っています。もちろん、ルーティンワークがダメなわけではありません。仕事は何であれ「本当はやりたくないけど仕方なくやっている」としたら、それが問題なのです。

 

総務省「 平成24年就業構造基本調査 」によると、都道府県別で見た25歳~44歳の「育児をしている女性」の有業率は、都心部よりも地方のほうが高いのが分かります。

 

前述のとおり親の助けを借りやすい環境と、共働きでないと経済的に厳しい現状、というのが背景にあるのかもしれません。

ただ、これらの女性の多くが親の助けを借りてなんとか乗り切っている、もしくは仕方なくルーティンワークに甘んじているのが現状だとすれば、それは「女性の活躍が進んでいる」とか「女性の雇用に成功している」とかいう話ではなくなってきますよね……。

 

「わたしがフリーランスの前例をつくる!」と決意

地方では、まず企業側がそもそも「外注に出す」ということ自体に慣れていなかったりします。

ともすれば、「リモートワーク」だって活用する術も知らないし、ママたちだっていつ依頼が来るか分からない仕事のためにフリーランスとなり、仲間の見えない働き方に不安を感じないわけがありません。

 

やる人がいないから、使う会社も増えない。

使う側が増えないから、やる人も増えない。

この悪循環をどうにかしなければ、何も変わらない。

 

――そう思い、当時勤めていたNPO法人を退職し、「わたしがフリーランスになって、少しずつ地域で前例をつくっていこう」と考えました。

それが、3年前のことです。

地域のパン屋さんを取材する筆者(本人提供写真)

子どもの保育園の手続きをする際に、市役所の方から「フリーランスって何?家で仕事してるなら、保育園に預けなくても自分で子どもみれるでしょ」という扱いをされて愕然としながらも、前職のつながりを頼って完全リモートでできる仕事を回してもらい、少しずつ地元の仕事も増やしていきました。

 

「この時間・この範囲でしか仕事ができませんが、これくらいのことができるし、やってみたいんです」

という、自分にできることと想い、そして今の状況を明確にお話しすると、快く理解してくださる会社さんも多かったのです。

 

まだまだ可能性はある!と感じた瞬間でした。

 

地域の女性が働き方を選べるように…

「もしかしたらこの地域に、他にもそんな女性クリエイターさんがいるかもしれない」という淡い期待と、「同士が集まったらもっと地域の仕事を掘り起こせるかもしれない」という大きな希望を抱き、市が主催する女性起業塾に参加。

 

そこで見事に意気投合した女性デザイナーと一緒に、

フリーランスの女性クリエイター団体「ento」を立ち上げました。

(※2018年9月、株式会社になりました!)

 

そして、ライターやデザイナー、カメラマンなどを募集してみると、眠っていた人材が少しずつ集まってきてくれました。

なかには、「未経験だけどチャレンジしたい」という熱意あるママさんも数名います。

市主催のテレワーク養成講座でお話しする筆者(本人提供写真)

今後はクリエイターの育成にも力を入れるほか、企業側へのリモートワーク導入指導、そして女性の働き方支援も行っていきたいと思っています。

 

今は自らのスキルと経験を活かし、「クリエイター」というくくりでフリーランス・リモートワークをしていますが、わたしが最終的に目指すのは、クリエイターに限らず全ての女性が「納得いく仕事」を「楽しく続けられる」こと。

そして、「家庭や育児を本当に優先できる働き方」を全ての女性が実践できること。

 

それは必ずしもフリーランスやリモートワークとは限りませんし、「今まで通り雇用されているほうがいい!」というのもひとつの大切な答え。「この働き方しかできない」のではなく、「こんなにある働き方の中からどれが自分に合うだろう」と選択肢を増やせるよう、その足場を地域でつくっていきたいと思っています。

 

文/岩崎未来 編集/中野麻衣(Cue編集部)

岩崎未来

編集者、ライター。3児の母。鹿児島県出身。東京学芸大学卒業後、出版社や編集プロダクションに勤務。出産を機にフリーランスに転向し、2013年群馬県太田市に移住。2018年9月「ento株式会社」取締役統括部長に就任。

 

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