日本・シンガポール・中国と、国をまたぎながら「自立的にキャリアを作る」ということを実践し、2017年には自身の会社Will Labを設立された小安美和さん。

 

性別や国籍を問わず誰もが就労を通して「ありたい姿」を実現すること――そんな“will”の原点となった体験、実現のためにどうキャリアを作ってきたのか、willをもつことの大切さを、Waris共同代表の田中美和がうかがいました。

 

・第1回:ここで終わりたくない! ゼロリセットからのキャリア作り
・第2回:自分を信じて「できる」と言ってみよう
・第3回:仕事は「やりたい」人にいくのか「できる」人にいくのか

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さん

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和

東京外国語大学卒業後、日本経済新聞社入社。2005年株式会社リクルート(現・株式会社リクルートホールディングス)入社。エイビーロードnet編集長、上海駐在などを経て、2013年株式会社リクルートジョブズ執行役員 経営統括室長 兼 経営企画部長。2015年より、リクルートホールディングスにて、「子育てしながら働きやすい世の中を共に創るiction!」プロジェクト推進事務局長。2016年3月同社退社、6月  スイス IMD Strategies for Leadership女性の戦略的リーダーシッププログラム修了、10月WILL GALLERYオープン、2017年3月株式会社Will Lab設立。

「自分は何者?」と考えたマイノリティ体験からメディアの世界へ

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和田中美和 小安さんは新卒で日本経済新聞社に入社されたことがキャリアのスタートですね。マスコミを志した動機は何だったのですか?

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さん小安美和さん(以下、敬称略) どこから話しましょうね。キャリアの原点をさかのぼると子ども時代の話にたどり着いてしまうのですが。実は私、生まれは大阪なのですが、幼少期と思春期のそれぞれ数年間をドイツで過ごしておりまして。

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和
子ども時代のお話、ぜひお聞きしたいです!

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さんヨーロッパの社会でマイノリティとして生活していると、たとえば「アジア人はこうだから」といったバイアスみたいなものをすごく感じていたんですね。ところが日本に帰ってきた途端、今度はマジョリティのグループに突然入り、それはそれで自分が埋もれてしまうような感覚で。いったい自分は何者なのか? どこから来たのか? と考え始めました。そこから日本の歴史に興味を持ち、日本とアジアの交流史への興味に進展し、東京外国語大学の朝鮮語学科へ進むきっかけになりました。

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和
そんなルーツをお持ちだったとは知りませんでした。

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さん大学で朝鮮半島の近現代史を深掘りしていると、国のイメージというものがいかにメディアで作られてきたかということに、ある時気づきました。メディアによってあらゆるもののイメージが作られている、それなら自分が正しいと思う情報をメディアにのせて流すことで、社会を変えることができるかもしれないと考えたんです。マイノリティの声なき声を拾って伝えていくことを自分の生業にしたい、と。そこでマスコミを目指し、新聞社に入ることになりました。

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和
新聞社ではどのようなお仕事をされていたのですか?

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さん海外の異文化が日本に入ってくる時に、そのメッセージがきちんと伝わる翻訳をするような仕事がしたくて、新聞社では国際広告の仕事を希望しました。最初は大阪配属で希望通りにはならなかったのですが、4年目に外資系企業の広告も担当することができ、結果、最高に楽しい5年間でした。数百万人の読者が見る広告を手がけ、朝、電車で実際にビジネスマンが読んでいるところを目にすることができる。それは鳥肌がたつくらい嬉しいものでしたね。と言いながら、会社を辞めるのですが。

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和

日経ホーム出版社・日経BP社で約10年編集記者。特に雑誌「日経ウーマン」で女性のキャリアを広く取材。調査・取材で接してきた働く女性はのべ3万人以上。女性が自分らしく働き続けるためのサポートを行うべく2012年退職。フリーランスを経て、2013年ハイスキル女性と企業とのフレキシブルなお仕事マッチングを行う株式会社Warisを共同設立。共同代表。著書に「普通の会社員がフリーランスで稼ぐ」がある。

株式会社Waris:https://waris.co.jp

シンガポールで駐在妻になってキャリアがリセットされた

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和
新聞社を退社されたのは、やはりパートナーの転勤がきっかけですか?

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さんはい、当時のパートナーがシンガポールへ転勤することになりました。そのころは「仕事を辞めて結婚してついていく」か「仕事を続けるために残る」の二択しか考えられない時代でしたから、新聞社を退社して結婚してついていく道を選びました。

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和今でこそ、IT環境さえ整っていれば海外リモートで仕事をするなどさまざまな選択肢があると思いますが、当時はまったく事情が違いましたからね。

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さんそうですね。でも、仕事を辞めることになり、自分がやりたかったことに立ち返った時、「異文化コミュニケーション」というキーワードが出てきて。シンガポールに行けばそれができるんじゃないかと思ったんです。それから、当時20代だった自分には根拠のない自信があって、頑張ればどうにかなる、自分のやりたい仕事がシンガポールでも見つかる、と思い込んでもいました。その思い込みは、あっけなく崩れることになるのですが(笑)

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和
望んだかたちでの就労が難しかったということですか?

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さんいざ結婚して現地で転職活動をしてみると、まず「駐在員の妻」というだけでやんわり断られ、その後に見つけた職場では「奥様」というだけで過剰な配慮を受け、責任ある仕事をしたいと伝えても任せてもらえませんでした。同世代のシンガポール人の社員が生き生きと働いている中、既婚者というだけで、私の過去5年間のキャリアは一切評価されない。“私”というスペックは本来、国をまたごうが、未婚・既婚であろうが変わらないはずなのに、すべてがゼロリセットになってしまった。それが、本当につらかったです。

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和その時のご経験って、小安さんの今のお仕事にもすごくリンクしているように思います。そこからどう立て直していかれたのか、ぜひ教えてください。

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さん日系企業に入社しても同じ事態をくり返すと思ったので、現地の新聞の求人票から現地企業を探し、まずは出版社でセールスの仕事に就き、その後、時事通信社のシンガポール支局で3年弱くらい記者の仕事をすることができました。最初の出版社では、マレーシア人、中国人、台湾人の社員に囲まれて日本人は私1人だけ。異文化の中に実際に身を置き、いろんな失敗をしながら、ものすごく勉強させてもらいましたね。

 

株式会社Waris共同代表・キャリアカウンセラー 田中美和異文化コミュニケーションをキーワードにシンガポールへ渡られて、いちどゼロリセットを経験し、そこからやりたかったことを掴み取られたのですね、すごいです。

 

株式会社Will Lab 代表取締役 小安美和さんシンガポールでの5年間は、壁に当たって忸怩(じくじ)たる思いを抱え、でもここで終わりたくないと思って必死で自分のやりたいことを探し続けた5年間でした。日本的に考えれば、ただ仕事を転々としている履歴書に見えるかもしれませんが、私はシンガポールでの経験を通して、自分が求めるものを探してジョブホッピングしていくことが当たり前の文化を学び、体現することもできた。それこそ毎年の給与交渉も含め、自立的にキャリアを作っていくという意識を育てるありがたい経験になったと今では思います。

<第2回:自分を信じて「できる」と言ってみよう>につづく
※12/21公開予定

 

取材・文/ 横山さと 撮影/工藤朋子

WILL GALLERY

世界の女性がつくる「てしごと」のセレクトショップ。
アジア・アフリカ13か国、18ブランド(2017年8月時点)女性の雇用につながる商品をつくりてのWILLとともにお届けします。

東京都港区白金台4-13-10 インディゴハウス1階

▼アクセス
三田線・南北線白金台駅1番出口徒歩3分

▼営業日
不定期オープン(営業日はWILL GALLERYのFacebookページよりご確認ください。)

オンラインショップでもお買い求めいただけます。

 

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